大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和32年(行)16号 判決 1958年7月14日

原告 河合舜二

被告 国・兵庫県知事

主文

被告知事が原告に対して昭和三二年六月五日付でなした別紙目録記載の宅地に対する昭和二四年七月二日付売渡処分の取消処分は、これを取消す。

原告の被告国に対する本件訴を却下する。

訴訟費用中原告と被告国との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告知事との間に生じた分は被告知事の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は、被告知事が原告に対して昭和三二年六月五日付でなした、別紙目録記載の宅地に対する昭和二四年七月二日付売渡処分の取消処分は、これを取り消す、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、被告知事は、昭和二四年七月二日付をもつて別紙目録記載の宅地(以下本件宅地と略称)を旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)によつて原告に売り渡し、原告は対価を支払つてその所有権を取得したものであるが、その後、被告知事は原告に対する昭和三二年六月五日付兵農開第九号取消処分(以下本件取消処分と略称)によつて右売渡処分を取消した。

二、しかしながら、本件宅地は原告が適法に売渡を受けたものであつて、被告知事の本件取消処分は何等正当な理由のない違法処分であるから、被告等に対してその取消を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、なお、被告国は本訴について被告適格がある。もともと自創法に基く農地及び農業用施設等の買収並びに売渡処分権者は国であることは同法の規定に照して明らかなところであり、知事が右各行為をなすのは政府の嘱託に基きこれを代行するものである。よつて被告国は、被告知事のなした本件取消処分の取消を求める本訴について被告適格を有するものである。と付陳し、さらに、被告等の主張に対して、

三、被告等は本訴において、本件取消処分の理由として、原告が本件宅地について自創法第一五条第一項第二号所定の権利を全然有せず、本件宅地全部についてその売渡を受くべき適格者でない旨主張するが、被告知事のなした本件取消処分の理由は、「本件宅地の買収処分の以前から原告において使用していない土地をも含め、誤つて全筆について買収処分、売渡処分をなしたため、原告の使用していなかつた部分の買収処分、売渡処分を取り消すため該部分を分筆する要があるが、原告が右分筆に応じないため全筆にわたつて売渡処分を取り消す」というものであつた。したがつて、被告等が本訴において本件取消処分の理由として主張するところは、当初の右取消理由とは別個のものであつて、これを変更するものであるから、本訴においてかかる新たな主張は許されない。

四、仮に原告の右主張が理由なしとするも、本件宅地は原告の先代亡河合喜雄が訴外赤松初市からこれを賃借し、その地上に建物を建築して所有したが、右河合喜雄は昭和一八年七月三〇日死亡した。ところが、その長男河合喜実は同一〇年、すでに父の許を離れ現在まで引続き神戸市で青果商を営んでいるので、原告は次男ではあつたが亡父の死後、同人の右建物、所有地、その他営業一切を譲受け、かつ、本件宅地についても亡父の賃借人としての地位を承継してこれを使用してきたのである。したがつて、被告知事が本件宅地に対してなした買収処分当時、原告は本件宅地の賃借権を有していたから、被告の申請により被告知事がなした本件土地の買収処分及び右売渡処分は適法であるばかりでなく、原告は本件宅地の売渡処分後、その所有者として約八年間にわたつてこれを使用して来たのであるから、その後において被告等主張の如き理由で右売渡処分を取り消す旨の本件取消処分は到底許されない。

と述べた。(立証省略)

被告等指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告知事が原告に対し、昭和二四年七月二日付をもつて自創法の規定に基き本件宅地を売り渡したこと、同三二年六月五日付をもつて本件取消処分をしたことはいずれもこれを認める。本件取消処分は左の理由により正当である。

一、本件宅地は原告が自創法第一五条の規定に基きこれを買収すべき旨の申請をなした結果、被告知事がこれを買収したうえ、昭和二四年七月二日原告にこれを売り渡したものである。

二、ところが、本件宅地の二筆にまたがる東南隅の部分約一八坪については河合玉男が、右一八坪を除くその余の部分については河合喜雄がいずれも他からこれを賃借し建物を建築して所有しており原告はたまたま河合喜雄から該建物を借り受けて居住するに過ぎないのであつて、本件宅地につき同法第一五条第一項第二号所定の賃借権等の権利を全然有せず、したがつて、同条所定の申請をなす資格者でない。

三、しかるに、被告知事は、原告が右第十五条第一項第二号の賃借権を有するものと誤認し、原告の申請に基き本件宅地について買収処分をなした上、原告に売渡処分をなしたのであるから、右売渡処分は違法処分である。

四、被告知事が本件取消処分をなした理由が、原告主張の三に記載のとおりであることは認めるが本訴で本件取消処分の適法な理由を追加主張することは妨げないから、原告の主張は理由がない。

と述べた。(立証省略)

理由

一、被告国に対する請求について、

原告は本訴において、被告知事を相手方とするとともに被告国に対しても本件取消処分の取消を求めるものであるが、行政事件訴訟特例法第三条によれば行政庁の違法の処分の取消は他の法律に特別の定のある場合を除き処分をした行政庁を被告とすべきものであるところ、本件取消処分は後記の如く被告知事がなしたものであるから被告国は被告としての適格を有しないから原告の被告国に対する本件訴はこれを却下すべきものとする。

二、原告の被告知事に対する請求について、

被告知事が原告に対し、自創法に基き昭和二四年七月二日付をもつて本件宅地を売り渡し同三二年六月五日付をもつて右売渡処分を取り消す旨の本件取消処分をしたことはいずれも当事者間に争いがない。よつて、被告知事のなした本件取消処分の適否について判断する。

被告知事は原告が本件宅地全部について自創法第一五条第一項第二号所定の賃借権等の権利を有しないにかかわらず被告知事は原告が賃借権を有するものと誤信して本件宅地を買収し、これを原告に売り渡したものであつて、右処分は自創法に反する違法処分であるから、これを取り消した本件取消処分は適法であると主張するに対し、原告は、同被告の右主張は本件取消処分の理由と異なるものであるから許されない旨主張するので、まず、この点を考えると、被告知事が本件取消処分の理由としたところのものは、原告主張の如きものであつたことについては同被告の認めて争わないところである。したがつて、同被告が本訴において主張する本件取消処分の適法とする理由は本件取消処分の理由に更に、当時の事実関係及び法令に基き新たな理由を追加したものであることは明らかであるが、一般に抗告訴訟において被告がその対象となつた行政処分が適法である理由として、処分当時の事実関係、及び法令に基き新たな理由を追加して主張することは妨げないと解するから、原告の右主張は採用しない。

次に、原告は、本件宅地について、原告は自創法第一五条第一項第二号の賃借人であつたから原告の申請に基く本件宅地の買収処分及び右売渡処分は適法であつたと抗争するので以下この点を考えるに、成立に争のない甲第三号証の一、二、同第六ないし第九号証、乙第一号証及び証人河合喜次の証言に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、本件宅地はもと訴外赤松初市外二名の共有地であつたがその内、二筆にまたがる東南隅の部分約一八坪を除くその余の部分について、原告の亡父河合喜雄がこれを借り受け、その地上に家屋(建坪四六坪三合)を所有して農業を営んでいたこと、原告は右河合喜雄の次男であつたが、長男の河合喜実が昭和一〇年頃から本件宅地を離れ神戸市内で青果商を営んでいたため、原告は本件宅地上の右家屋に居住し河合喜雄と共同して農耕を営んでいたこと、ところが河合喜雄は昭和一八年七月三〇日死亡し、その後は、原告において、右河合喜雄の農業経営を承継し、右家屋に居住して農耕を営むとともに、右家屋の公租公課を負担し、本件宅地の管理をなしてきたこと、更に同二二年一二月二日自創法により田五反三畝四歩の売渡をも受けていることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない、以上の認定事実によれば、原告は本件宅地の買収を申請し、その売渡を受けた当時本件宅地の内、前記約一八坪を除くその余の部分について、自創法第一五条第一項第二号にいう「賃借権」を有する者に該当すると解すべきである。

しかし、前記甲第八、第九号証、証人河合喜次の証言によれば、本件宅地の買収、売渡処分当時、右約一八坪の宅地上には河合玉男の居住する家屋が存し、同人がその当時から引続いてその宅地を使用していることが認められ、原告の全立証によるも右認定を覆し、原告において賃借権その他自創法第一五条第一項第二号所定の権利を有することが認められない。

しからば、原告に対する本件宅地の売渡処分は右約一八坪の部分については被告知事の錯誤に基く違法の行政処分で無効といわねばならない。しかしながら、本件宅地二筆のうち約一八坪の部分の違法を理由として、原告が賃借権を有した部分をも含め本件宅地全部の売渡処分を取消した本件取消処分は違法といわねばならない。もつとも、右約一八坪については売渡処分は違法であるからその部分に限り本件取消処分は有効であるが、右約一八坪は二筆にまたがり且つその部分を特定する証拠がないので、本件取消処分は全部違法として取消すべきものとする。

よつて、被告知事に対し本件取消処分の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告国に対する本件訴は不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九五条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜真 西川太郎 小河基夫)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例